茶  2015-04-24

昔取ったきねづか

きょうの清水

新芽が輝く季節になった。この景色が家から徒歩数分で眺めることができる。西久保の「地域財産」だと思っている。

新茶の季節だ。今年も西久保の住宅地で中村米作商店さんの好意により「西久保お茶摘み」が開かれた。お店が懇意にしている地元の方たちに加えて、特別支援学校の生徒さん、保育園の園児のみなさん、茶畑のすぐ向にある介護施設からも利用者さんがスタッフの介助で参加した。茶畑にさまざまな世代の人たちが入り、新芽を摘んでいく。
きょうの清水

清水工業高校が移転し、跡地に新校舎が建設された特別支援学校の生徒のみなさんが、今年も参加した。

飛び入り大歓迎の「茶摘み」なので、通りかかった人に声を掛けると、いろいろな人が手伝ってくれた。年配の女性が「子どもの頃はよく手伝ったものだ」と摘み始める。腰をかがめる作業なので、体の向きを少しづつ変え、楽な姿勢を探しているようだ。しばらくするとポジションが決ったようで、黙々と作業を続ける。無駄な動きがなく、籠のなかの新芽がどんどん増えていく。「やってみませんか」と声を掛けた時とは、別人がそこにいた。
きょうの清水

近くにある保育園の園児たちが、今年も茶摘みにやってきた。

以前、教育テレビで介護施設で暮らす母親を紹介する番組があった。その人は若い頃から裁縫で家計を支えてきた。そのことを思い出した家族が、ボタン付けの道具を施設に持参した。針を持つと、別人のようにボタン付けを始めた。表情が生き生きしてくる。魔法のようだった。
「昔取ったきねづか」は、それぞれが持っているのかもしれない。ただ、日々の暮らしのなかで、それを忘れている。誰かがきっかけを作れば、輝きが戻ってくることを「茶摘み」が教えてくれた。今年もまた大収穫だった。
きょうの清水

ベテランの茶摘みを見ていると動作に無駄がない。素人は、これを摘もうかと見てから手がでるが、ベテランは迷うことなく手がスムースに動く。摘んだ跡が機械で刈ったように色が変わっている。

2015-04-24 | Posted in わがまち, No Comments »