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      <title>わたしもひとこと・合併通信</title>
      <link>http://iso-ya.com/</link>
      <description>「平成の大合併」と呼ばれる全国的な市町村合併のなかで清水市と静岡市の合併協議が行われました。私たちは、98年1月のミニコミ紙「わたしもひとこと・合併通信」を発行し、合併問題に市民の立場から発言してきました。このサイトは01年1月から開設し、合併後も新しいまちづくりへの発言を続けています。
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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         <title>新庁舎問題を考える</title>
         <description><![CDATA[静岡市は1月25日まで、「県立新体育館の東静岡地区への移転・誘致に伴う『新市建設計画変更案』及び『市の事務所の位置を定める条例改正案』についての市民意見聴取」を行った。

これについて、静岡新聞は1月21日の社説「新庁舎問題決着が先だ　静岡市のアリーナ誘致」を掲載している。この社説に基本的に賛成である。

この間の静岡市の進め方は、旧清水市と旧静岡市の合併の流れを追って注目してきた者に取っては、余りにも馬鹿馬鹿しい市民を愚弄するものに見える。

一般市民が知ったのは、市長が県知事に、東静岡地区の新市庁舎建設地に県営多目的アリーナを誘致するため、申し入れに行ったというニュースであろう。そして、上記の市民意見聴取を昨年12月26日から開始した。たった1ヵ月の間にこの重要な問題を、パブリックコメント(市民意見)を募集して市民から意見を聞いたという形で終息しようとしている。


新庁舎問題について、経過を追って振り返ってみよう。

1.そもそもは、清水市と静岡市の合併協議である

合併してどのようなまちをつくろうか、という「新市グランドデザイン」は両市の各世帯に配布された。平成22年を目標年次とするが、おおむね30年から40年後の長期的視点でと書いてある。これによれば新市は三つの都市核(静岡、清水、東静岡)を形成し、「高度行政機能、情報・文化拠点としての東静岡都心」が位置づけられている。この中に「新市中枢行政機能(議会、管理部門、危機管理センター等)の立地も謳われた。この協議を踏まえて、新市建設計画が作られている。

2.新市庁舎問題は一時凍結中、議論の再開が必要

新市庁舎は「静岡市新庁舎検討委員会」が財政等から平成16年に「一時凍結」と答申した。それ以降、何一つ市民への意見聴取もされていない。まずはこの協議を、市民を巻き込んで行うことこそ、先決ではないか。単なるアリーナ問題に引っ掛けた程度のパブリックコメントですますわけにはいかない。


<strong>合併時の約束とは？ 決めた人たちの責任を問う</strong>
　
私自身は、箱物だらけの新市建設計画に反対であった。そこで様々な立場の方々と「静清合併の結論延期を求める会」を結成し、協議は稚拙であり、もっと市民の声を聞き、慎重に議論すべきと結論延期の83458人の請願署名を議会に提出した。しかし、当時の議会は簡単に否決し合併を進めた。多くの市民は合併も新庁舎もオペラハウスもいらなかったのだが。

宮城島弘正・元清水市長は「合併協議が否定される内容」であると昨年末に記者会見した。今更静岡市に何を言ってもむなしい気がするのだが、合併を進めた人物がはっきりと意見表明することは大切であり、勇気ある態度と思う。

それにつけても、合併を推進する立場であった当時の議員や合併協委員の方々の沈黙はいかがなものか。市民は2月の市議会は注目すべきだ。また3月の市議選もあり、議員と接する機会も多々あるだろう。各々に意見を聞いてみよう。


どのような新市を作っていくか、という合併の大前提の変更、合併時の最大の合意事項の変更が、アリーナ誘致のどさくさで消されようとしている。

合併や直後のあまりに馬鹿馬鹿しい対等合併らしい形を整えるためのあれこれ(市議会は本会議を旧清水市役所で、委員会を旧静岡市役所で開催など)はいつの間にか消えていった。市庁舎もそうであろう。残されたのは事業所税か。

今こそ、市民は、まちの未来を真剣に考えなければならないと思う。

合併の全てがマイナスだったと言う気はない。小中学校の耐震化は急速に進んだ。ありがたいことだ。合併のおかげか、それまでの清水市政が耐震化に関心が無さ過ぎたのかはわからないが。

合併後1年の「わたしもひとこと合併通信」の調査でも多くの市民には戸惑いと不満があった。新しいまちを、より良いまちにしていくために、今は正念場である。

<blockquote>【資料】<br/>
<a href="http://iso-ya.com/gappei/2009/01/2009121.html">静岡新聞・社説(2009.1.21)　≫</a><br/>
<a href="http://iso-ya.com/gappei/2009/01/2009110.html">静岡新聞・コラム「黒潮」(2009.1.10)　≫</a><br/>
<a href="http://iso-ya.com/gappei/2009/01/2009115.html">シミズ毎日・コラム「うみかぜ」（2009.1.1)　≫</a></blockquote>]]></description>
         <link>http://iso-ya.com/gappei/2009/01/post_4.html</link>
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         <category>合併後の変化</category>
         <pubDate>Sun, 25 Jan 2009 19:29:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>静岡新聞・社説（2009.1.21）</title>
         <description><![CDATA[<img alt="静岡新聞・社説（2009.1.21）" src="http://iso-ya.com/gappei/2009/090125a.jpg" width="520" height="800" />
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         <category>合併後の変化</category>
         <pubDate>Sun, 25 Jan 2009 18:06:59 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>静岡新聞コラム（2009.1.10）</title>
         <description><![CDATA[<img alt="静岡新聞コラム（2009.1.10）" src="http://iso-ya.com/gappei/2009/090125b.jpg" width="520" height="760" />
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         <category>合併後の変化</category>
         <pubDate>Sun, 25 Jan 2009 17:09:34 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>シミズ毎日・コラム（2009.1.15）</title>
         <description><![CDATA[<img alt="シミズ毎日・コラム（2009.1.15）" src="http://iso-ya.com/gappei/2009/090125c.jpg" width="390" height="550" />
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         <link>http://iso-ya.com/gappei/2009/01/2009115.html</link>
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         <category>合併後の変化</category>
         <pubDate>Sun, 25 Jan 2009 16:12:21 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>下水道使用料の値上げ</title>
         <description><![CDATA[<img alt="下水道使用料の値上げ" src="http://iso-ya.com/gappei/2006/0604suidou3.jpg" width="520" height="354" />

2003年4月に、人口24万の清水市と、47万の静岡市が合併し、新しい「静岡市」が誕生した。そして、合併から2年後の2005年4月に、人口70万の静岡市は、政令指定都市に昇格した。

隣り合っている市とはいえ、清水と静岡は行政の手法や制度が大きく違っていた。合併までに両市の制度を一本化する「すりあわせ作業」の大半は終わっていたのだが、両市のやり方を維持する「一市二制度」が少なからず残った。

<strong>■水道料金と下水道使用料は、最後まで残った懸案</strong>

<img alt="0604suidou6.gif" src="http://iso-ya.com/gappei/2006/0604suidou6.gif" width="250" height="238"id="p-right">2006年4月1日の市広報「静岡気分」で、「下水道使用料が変わります」と、6月からの値上げが報じられた。そして、5月1日の広報には別刷りで値上げの詳細が書かれた「料金改定のお知らせ」が配布された。

静岡市の説明では、16年度における汚水の処理経費は138億円。これに対して、64％分を使用料として徴収し、残り36％を税金（一般会計）で補っている。

市民の負担64％で、税金の補填36％という現状を、市民の負担70.5％、税金の補填を29.5％に変更する。財政難のなかで、市民の負担増を求めた。

<img alt="0604suidou4.gif" src="http://iso-ya.com/gappei/2006/0604suidou4.gif" width="520" height="129"  id="p-left">ただし、この負担増は、旧静岡市（葵区、駿河区）と旧清水市（清水区）で金額が異なっている。

合併前の旧清水市と旧静岡市では、下水道使用料が異なっていた。清水が安く、静岡は高かった。清水区の方が下水道の普及率が低いこともあって使用料が安かったという話もある。そのため、一元化された上での今回の値上げは、清水区の方がより高い金額となった。

1ヶ月で20立方メートルの家族なら、現在の下水道使用料は清水区で2,152円、駿河区、葵区では2,551円だが、6月からは、清水区が499円値上げの2,651円、駿河区、葵区では１00円値上げの2,651円となる。

市広報の説明資料では1ヶ月分の料金で説明されているが、実際の徴収は2ヶ月分である。清水区では多くの家で1000円以上の請求となる。

<img alt="0603mizu3.jpg" src="http://iso-ya.com/gappei/2006/0603mizu3.jpg" width="250" height="188" id="p-right">今回は、下水道使用料が一元化されたことによる値上げだが、水道料金は合併前と同じである。

1ヶ月で20立方メートルの家族なら、現在の水道料は清水区で1,835円、駿河区、葵区では2,310円で、清水区の方が475円安い。

<strong>■次は水道料金の一元化</strong>

下水道使用料の一元化を受けて、次は水道料金の一元化が行われることになるだろう。下水道使用料と同じように、市民への負担増を求めることになれば、清水区は大幅な値上げ、駿河区、葵区は小幅な値上げになることが予想される。

上下水道の料金は事業所税、宅地並み課税と並ぶ、合併後の大きな変化である。

<blockquote>●4月に編入合併された旧蒲原町の水道料金は変更されていない。また、旧蒲原町では下水道利用料を徴収していなかったため、合併後も徴収はない。静岡市の水道料金は「一市三制度」となる。<br>●図表は静岡市広報「静岡気分2006年4月1日号」に掲載されたものを紹介した。</blockquote>









]]></description>
         <link>http://iso-ya.com/gappei/2006/05/post_1.html</link>
         <guid>http://iso-ya.com/gappei/2006/05/post_1.html</guid>
         <category>合併後の変化</category>
         <pubDate>Mon, 01 May 2006 19:54:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>廃品回収の奨励金</title>
         <description><![CDATA[2006年3月31日、庵原郡蒲原町は静岡市に編入され、清水区蒲原となった。

蒲原町にとっては大きな変化だが、旧清水市、旧静岡市に暮らす住民の多くは「何も変わらない」と思っていた。しかし、PTAや子ども会などが行う古紙回収の奨励金が、蒲原町との合併で変わった。

<img alt="0604haihin.jpg" src="http://iso-ya.com/gappei/2006/0604haihin.jpg" width="520" height="658" />
<blockquote>▲図説は静岡市広報「静岡気分」2006年4月1日号より</blockquote>

古紙回収は新聞や雑誌などをリサイクルし、資源を活用するという役割と、放っておけば可燃ゴミの中に入られてしまう新聞などを回収することで、ゴミを減らすという役割がある。

行政が回収を行う団体に支給する奨励金は、団体の活動資金となり、回収の回数を増やせば、活動資金も増え、リサイクルとゴミ減量化も進むという効果がある。

これまで蒲原町では1kgに対して3円の奨励金を支給してきた。静岡市は1kgに対して5円だった。合併を機に、3円と5円の中間をとった訳ではないだろうが、奨励金は4円となった。

旧蒲原町の団体にとっては増額になり、旧清水市、旧静岡市では減額となった。

旧蒲原町は人口1万、旧清水市と旧静岡市を合わせた人口は70万である。旧蒲原町を1円増額しても、全体から見れば大きな変化にはならないが、旧清水市と旧静岡市での1円減額は大きな変化となる。

また、清水区では昨年度まで月2回行われていた資源回収が、今年度から1回となった地区もあり、回収される資源ゴミが減るだろう。減った分のすべてが、そのまま可燃ゴミとして出されることはないかもしれないが、可燃ゴミの増加が心配される。

<img alt="静岡市清水区蒲原" src="http://iso-ya.com/gappei/2006/0604kanbara3.jpg" width="520" height="340" />

<blockquote>▲富士川町との境に建てられた案内板。この看板から西が静岡市清水区蒲原となる。</blockquote>

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         <link>http://iso-ya.com/gappei/2006/04/post_2.html</link>
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         <category>合併後の変化</category>
         <pubDate>Sun, 30 Apr 2006 23:04:23 +0900</pubDate>
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         <title>夢と現実の溝が広がる政令市</title>
         <description><![CDATA[<img alt="0504seireisi1.jpg" src="http://iso-ya.com/gappei/2005/0504seireisi1.jpg" width="520" height="390" />

2005年4月1日、静岡市は全国で14番目の政令指定都市となった。人口は最少だが、面積は最大の大都市である。

NHK静岡では夜7時30分から「ナビゲーション」で「政令指定都市　その夢と現実」を放送した。番組は、祝賀ムードとは無縁の厳しい現実を指摘する内容だった。

<strong>■はじめに結論があった</strong>

政令市実現の出発点になったのは、清水JC（当時の理事長は風間重樹氏）が呼びかけた静清合併協議会の設置を求める住民発議だ。

静岡市と清水市の合併協議は、政令市実現のためにどうしても通過しなければならない過程だったが、4年に渡る合併協議会では政令市について、まったく議論されていない。

合併協は合併を議論する場で、政令市は別という理由だった。結論が先にあり、その結論に世論を導くため、将来への見通しは精査することもなく、バラ色に描かれた。

その結果、合併後に宅地並み課税が知らされた。決定前に、課税が公になっていたら、合併は間違いなく白紙になっていた。

<strong>■新たに90億円の借金</strong>

<img alt="0504seireisi5.jpg" src="http://iso-ya.com/gappei/2005/0504seireisi5.jpg" width="300" height="240" id="p-right">番組では政令市になったことで県から委譲された業務に対して、財源が不足する点を指摘する。

政令市移行で加わる新たな業務に必要な予算は284億円になる。これと同じ金額が収入として増えなければ、市からの持ち出しになる。

284億円の支出に対する収入は、県から委譲される道路特定財源が27％、補助金が18％、地方交付税などが15％、その他8％を除くと、残り32％の約90億円は市債で補うことになる。市債という借金が増えていく。

<strong>■ますます削減される交付税</strong>

地方交付税は小泉内閣の「三位一体」改革で、ますます削減されていく。景気の低迷で、市税収入も減少が続いている。政令市になると人や企業が集中すると説明されていたが、その気配すらない。

市債の発行は、市税の先取りであり、市税が減少すれば、市債の発行をさらに増やして帳尻を合わせる必要が出てくる。

<img alt="0504seireisi3.jpg" src="http://iso-ya.com/gappei/2005/0504seireisi3.jpg" width="300" height="245"id="p-left">収入増が望めないため、支出の削減をしていく。スポーツ大会への補助金、高齢者の医療や福祉への補助金も削減される。

静岡市は毎月第2月曜日を「ふろばた会議の日」として70歳以上の人を対象に銭湯を無料開放している。このサービスも、財源難を理由に来年4月から廃止が検討されている。

月に1回無料になっている銭湯は旧静岡市の三ヶ所だけである。この節約が、財政難にどれほど貢献しているのか判らない。


<strong>■合併を決めた人たちの責任</strong>

<img alt="0504seireisi4.jpg" src="http://iso-ya.com/gappei/2005/0504seireisi4.jpg" width="300" height="275" id="p-right">番組では宮城島弘正氏も登場した。合併を決めた最後の清水市長であり、任期途中で辞任した元静岡市副市長である。

宮城島氏は合併後の新市について「絵を見せて、こういうまちを作りますと言っておいて、あれは関係ないよじゃ、市民を騙したことになってしまう」と語った。

合併の約束である新市建設計画に盛り込まれた多くの計画が反故にされていることへの不満を語る宮城島氏だが、合併を決めた責任者だったことを忘れているのかもしれない。

<strong>■国に頼らざるを得ない皮肉な結果</strong>

番組でコメンテーターとして出演した横浜国立大学経済学部教授の金澤史雄氏は「政令市になり財政力が強化されるのではなく、地方交付税などの依存財源に頼らざるを得なくなる皮肉な結果」と指摘した。

政令市という夢を描き、合併を実現させたが、その夢を実現するための見通しが甘すぎた。これが番組のメッセージだった。「活発に交流し価値を創りあう自立都市」を目指している静岡市の実像が、ここにある。

もし、この番組が先の静岡市議選の前に放送されていたら、バラ色の政令市を宣伝していた候補者に大きな影響を与えたかもしれない。そんな気にさせる鋭い番組だった。

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         <link>http://iso-ya.com/gappei/2005/04/post_3.html</link>
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         <category>政令指定都市</category>
         <pubDate>Fri, 01 Apr 2005 12:37:45 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>2001年から2004年までの記事</title>
         <description><![CDATA[「わたしもひとこと・合併通信」の記事リストです。

<a href="http://iso-ya.com/topic2.html">（1）2002年1月～2004年8月（日付順）</a>
<a href="http://iso-ya.com/topic.html">（2）2003年5月～2004年10月（課題別）</a>
<a href="http://iso-ya.com/topic1.html">（3）2002年1月～2003年4月（課題別）</a>
<a href="http://iso-ya.com/topic/seigan/s-02.html">（4）2001年11月～2002年4月「静清合併の結論延期を求める会」の活動</a>
<a href="http://iso-ya.com/siryou/siryou.html">（5）いろいろな資料</a>]]></description>
         <link>http://iso-ya.com/gappei/2005/03/20022004.html</link>
         <guid>http://iso-ya.com/gappei/2005/03/20022004.html</guid>
         <category>これまでの記事</category>
         <pubDate>Tue, 29 Mar 2005 23:06:13 +0900</pubDate>
      </item>
      
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