冬の準備

冬支度を始めた。
押入からホットカーペットを出し、陽に干してから、床に敷く。夏の間敷いていたゴザを陰干しにして、押入にしまう。字で書くとこれだけの作業だが、部屋の掃除や、痛んだ場所の修繕などで一日掛かりの仕事になった。
石油ストーブはファンヒーター式になってから、空焚きが不要になり、部屋に出すだけで準備が完了する。楽になったが、停電になったら使えないという致命的弱点を持っている。便利になると、不便なものが生まれてくる。
今年は需要期を前にして灯油の値段が、すでに上がっている。18リットルのポリ容器で、昨年は800円ぐらいだった店が、1200円という値を出していた。
原油価格の高騰なら、ガソリンも軽油も重油も同じ比率で上がるような気がするが、ガソリンや軽油に比べて家庭用灯油の値上がりは、大きすぎると思う。

【写真上】三保から見る夕日。空に秋の雲が広がっていた。
【写真下】あちこちに水仙の芽が出ていた。冷え込みを感じた球根が目を覚ましたのだ。
コメント
我が家でも、数年前から湯たんぽが活躍しております。ポリ容器の物も使ってみましたが、昔ながらのブリキ製の方が具合がいいみたいです。ポリは強度をつけるために厚くなってしまうので、足を乗せたりすると高さが気になります。ペットボトルというのも、小型でいいかもしれません。今年は試してみます。
それから教室の暖房は、入ってませんでしたね。袖師でも今より厚い氷が張りました。寒さでひび割れ、アカギレは当たり前の時代でした。それでも暖房は職員室だけ。ただ、寒いといっても陽があたる窓際は暑いくらいでした。冬場は晴天が多いから、暖房はいらなかったのかも。教室の薄くて白いカーテンが懐かしいです。
磯波 | 2005年11月01日
清水で生まれて物心ついたら東京にいました。
小学校を卒業して清水の中学校に入って驚いたのは
冬になっても教室にストーブが入らなかったことです。
東京ではコークスのストーブを焚いていてコークス当番がありました。
大学に入って東京に戻ったら石油ストーブがありましたから
東京の中学高校も教室にストーブがあったのでしょう。
昭和30年代の清水の小学校は教室にストーブはなかったのでしょうか?
というのは冬休みになるたびに預けられて帰省した清水(能島)は
田んぼや小川に氷が張るのが当たり前で
最近のような暖冬ではなかったのです。
そんなことをふと思い出しました。
六 | 2005年11月01日
あぁ、冬が来るのか。千葉で暮らしはじめて最初の冬はたくさん雪が積もる寒さ。何しろ部屋の流しに氷が張ったくらい。京成バスが、路線バスなのにチェーンを装備していることに驚いたものです。最近の私の暖房手段は、ペットボトルに熱湯を入れてタオルでくるむというものです。簡便湯たんぽの冬が来る…
薬局の末息子 | 2005年10月31日