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2005年02月12日 興津

興津寒ざくらまつり

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2月12日、興津宿寒ざくらまつりが開かれた。

柑橘試験所の一般開放に合わせて開かれているイベントも、今年で8年目になった。

0502okitu1.jpg昨年までは興津駅前の駐車場を会場にしていたが、今年は清見寺の海側にできた興津コミュニティセンターをメイン会場にした。

センターの裏側には臨時の駐車場が設けられた。会館の裏に回ると誘導係の人の装束に驚いた。カツラのかぶり方からして、プロの役者さんかもしれない。

交通整理には驚いたが、興津コミュニティセンターの入口に来たら、なんと、ここには黄門様ご一行がいるではないか。道案内役の地元の人たちだ。

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寒ざくらまつりでは、由比駅に集合してさった峠を歩く東海道ゆっくりウォークも人気がある。年々参加者が増え、山道が人の往来で渋滞したという。

元気よく歩いているハイキング姿の人たちに聞けば、由比から興津へ抜け、薄寒桜を見て、清見寺、坐魚荘と東海道を西へ向かい、横砂の延命地蔵にお参りしたら、清水駅で電車に乗るという行程だった。

由比から峠越えで清水まで、いったい何キロ歩くことになるのだろうか。メンバーは60代半ばと思われるが、装備や歩き方から見て、街道慣れしている皆さんのようだ。

興津の寒ざくらまつりは、河津の桜まつりを意識しはじめているという。目標を高く掲げる前向きな姿勢が嬉しい。

【写真上】こどもたちが叩く宗像太鼓のすぐ近くで、ヤオハン興津店の解体工事が行われていた。

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「興津寒ざくらまつり」へ届いたコメント

今年の1月に、興津にある製餡記念碑を訪ねてみました。
記念碑の裏側に全国の業者が名前を連ね、ここが発祥の地であることを実感しました。
http://iso-ya.com/today/2008/01/post_524.html

全国の「内藤製餡」「北川製餡」というあんこ屋さんは
承元寺町を中心とする清水近辺出身の人が戦前に
大阪(北川勇作)や京都(内藤幾太郎)で修行したうえで
暖簾分けし、現在までの営業に至っているようです。
ちなみに、私の親類の多くがあんこ屋をしています。
現在は中国から安いあんこが入ってきて皆さん
かなり経営が大変のようです。
中国からのあんこは当初は品質が低く問題ない
と見ていましたが、日本人が技術指導に赴いた結果、
品質がかなり良くなっているとのことです。

清庵を 中でとり餅 興津宿 

職業柄、由比蒲原の衆とは仲良くお付き合いがありますが、興津の衆が間に入り接着剤になっていい関係を取り持っている。日ごろからそんな感じがしていましたので、ちょっと引っ掛けて呼んでみました(照笑)。

一体いつ頃発祥したんでしょうかね。僕も大変興味があります。

興津で茶問屋とカフェをやっている茶楽です。
いつも貴ブログを、拝見させていただいて
感心しております。
あんこの話ですが・・・・少し、長くなります。

あんこのルーツは興津の承元寺町、
そこに多い姓は「内藤」と「北川」。
あんこ屋さんで「内藤製餡」「北川製餡」という
看板をかけたお店は全国にあると聞きました。

小社の鳥取県の得意先でも、姓は「望月」で
蒲原の出身ですが、屋号は「内藤製餡所」というお店があります。戦前のあんこ屋さんは「内藤」か「北川」を、のれんわけして
名乗ることで、相場が不安定だった小豆を掛売りしてもらえる
信用を得ることができた、と聞きました。
伝聞なので確証はありませんが参考までに

そうそう
週末帰省していたらこのお祭りに行きたかったんです。
というのはみなと祭り実行委員会の方に会ったら
このお祭りの事を教えて貰い、
なんと興津が「製餡発祥の地」だと聞いたのです。
「寒ざくら祭り」のちらしにも
“あんこのふるさと興津”と書かれていました。
実は「乱れ撃ち清水ノート」を見た人から
清水はアンコ発祥の町なのではないかと、
問い合わせが来て答えられなかったのです。
清水(興津)と製餡のことをもっと知りたいです。
由比・興津地域の人は
「限られた面白味を面白がる」姿勢が
僕も各種イベント情報を知るたびに、
いいなぁ、えらいなぁと思う事が多いです。

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