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2005年09月28日 3 山

西窪の稲荷

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西久保は、その昔「西窪」と呼ばれていた。

神明さんから鹿島さんにつながる丘陵の西側の窪地に集落があり、そこが「西窪」の地名となった。龍雲院の辺りが西久保村の中心地だった。バス停の元西久保は、本来の西久保という意味でつけられている。

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秋葉さんから続く森が、鹿島さんの北で途切れる場所に、「静ごころ」の三和酒造本社工場がある。

三和酒造の前身である鶯宿梅酒造の初代鈴木市兵衛が酒造りを始めたのは1688年(元禄元年)であるから、西久保の酒は三百年以上の歴史を持っている。

三和酒造の裏手に狭い参道があり、赤い鳥居を潜ってゆくと小さな祠がある。蔵元の鈴木家が代々祭祀している稲荷神社である。

稲荷神社の裏から清水工業高校のグランドがすぐ下に見える。森は、西久保と八坂の境界でもある。

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【写真上】バスが走る庵原街道(県道小島大向清水線)から脇に曲がると、西久保古道と呼ばれる昔からの道がある。道路左の御屋敷は三和酒造の鈴木家。
【写真中】稲荷神社の入口。昼でも奥は暗くて見えにくい。
【写真下】稲荷神社参道。すぐ近くに東名高速のインターチェンジやバイパスがあるのだが、騒音がまったく聞こえない。深い森の中に入ったような感覚になる。

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「西窪の稲荷」へ届いたコメント

子どもの頃大きな病気をしていくつか病院を回りました。その頃このお稲荷さんに鳥居を建てて快気祈願をしたとの母親の言葉に神様に頼るのが嫌だったので「そんなことをして・・・。」と反発した事がありました。それから何年かしてここに行ってみたら赤い色があせた、母が建てた鳥居が残っていました。その時、親の気も知らないでずいぶん後悔しました。今でも一般の人が入れるのかなあ。

リクエスト大歓迎でございます。鹿島さんの森は家から徒歩数分ですから!
お稲荷さんの西の道は、鹿島さんの社の裏を右側に続く道でしょうか。何もない山道ですけど、子どもたちの冒険心を満足させてくれる道でした。十月に鹿島さんの祭りがありますが、合図の打ち上げ花火は、この道から山の西側に総代の役員さんが点火筒を持ち込んで点火しています。
昨年の祭りは、↓こちらにあります。
http://iso-ya.com/today/archives/2004/10/post_5.html

リクエストしたようで申し訳ないです。懐かしい風景、ありがとうございました。
そういえば、近所のがきどもと一緒に隣の家のおばあちゃんに連れられて、ここに竹取りに来た記憶があります。その時、おばあさんがこのお稲荷さんに油揚げを供えてました。
僕の好きな道は、この稲荷さんの参道のもう一つ西にあって、丘を越えているだけで他に何にもないんですが、それでもなんだかドキドキしてしまう道でした。子供は自分の世界とよその世界の境界線に敏感なもので、別世界に行くような気がしたんでしょうね。

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