昨日、今日、明日

サイトをブログに移行してから一年になる。
HTMLを知らなくてもブラウザだけでホームページを作れるブログは画期的だと思う。なんとなくお手軽なイメージが強かったが、使ってみてデータベースとしての機能に魅力を感じる。
使いやすさ、見やすさという点で、まだまだ改善の余地があると思う。それでも、一年前の手探り状態と比べたら、コツのようなものが見えてきた。

ミニコミ紙「わたしもひとこと・合併通信」を初めて発行したのは1998年1月だった。清水市と静岡市の合併が本格的に動き始めた頃だ。合併問題を市民の立場から考え、発言しようと考える仲間たちが集まった。
2003年4月1日、清水市は合併により消滅した。法律上は、清水市も静岡市も消滅し、新しい「静岡市」が誕生したことになっているが、清水だけが消えたという感情は今でも変わらない。
合併の目的であった政令市は実現した。しかし目的が達成されたことを喜んでいる人を知らない。「合併でいいことは無かった」という不満の声は、「元には戻れない」という虚脱感となり燻っている。
誰もが暮らしやすいまちを望んでいる。そのための方策は無数にあると思う。そのひとつとして、清水らしさに拘りながら、新しいまちづくりを考える、そんな道をこれからも歩みたい。
【参考】2004年10月1日までの「きょうの清水」
【写真上】駿河湾フェリーから見た夕日
【写真下】三保真崎の灯台
「昨日、今日、明日」へ届いたコメント
>あくまで「しみず」
昔、江尻の人もそんなこと言ってたみたいだなぁ
『あくまで「えじり」「しみず」なんかいや~ん』
さすがにそういう人種はいなくなったのでは?
あおい君 | 2005年10月02日
私も同じですね。
静岡市ではなく出身は清水と答えています。
あくまで「しみず」。この個性的な街の名前が自分から
消えることはない。静岡市には悪いけど。
ただ、一部の企業や元市長等かじとりをする人に
恵まれなったと思う。
意見ばかりで行動しない我々にも問題があるけど。
はち | 2005年10月01日
詳しくはわりませんが、私が生まれた頃の清水市の一部はまだ庵原郡でした。私は庵原郡生まれの清水市育ちということになります。庵原郡の記憶は全くありません。清水市という呼び名がなくなってしまうのは寂しいが、これからも清水市で生まれ育ったと思い続けるし、人から「家はどこ?」とたずねられたら、「静岡市清水区」ではなく「清水」って答えるだろうな。
嶺の子 | 2005年09月30日