江戸時代の清水

安藤広重・東海道五十三次・江尻宿
NHK木曜時代劇「清水次郎長・背負い富士」の第3回目は、庵原川の仲裁、清水一家の旗揚げ、お蝶との結婚、森の石松の登場と、楽しませてくれた。
ドラマは、これからフグ騒動などお馴染みの話が次々に出てくる。最後は宿敵・黒駒の勝蔵との荒神山の血闘となる。木曜の夜が、ますます楽しみになってきた。
次郎長一家の旗揚げは1847年(弘化4年)だった。江戸時代末期である。この頃の清水の様子を想像した地図が「わが郷土 清水」(戸田書店刊)に収録されている。現在の清水と重ねて合わせてみると、当時の清水が浮かんでくる。

清水市内の中学校の副読本として活用された「わが郷土清水」に掲載されている江戸時代の清水
≪ 庵原川の仲裁 | きょうの清水 | アウトローの仲裁 ≫
「江戸時代の清水」へ届いたコメント
いつも思うんですけど、古い地図を見ると両河内付近は出ていません。
その当時、両河内ってどうなっていたのかな?
両河内もそれなりに歴史があると思うんですけど。
貝伏(山せみの湯の上の部落)などは平家の落人部落と言われているし、実際行ってみると山の急斜面の沢沿いに民家があり、なるほど確かにその風情があると思うんですけど。
MARUMA | 2006年07月01日