壮士の墓

壮士の墓は、清水の次郎長が新政府の討伐隊により殺害された江戸幕府の兵士を埋葬した場所である。
賊軍として咎めを受ける恐れから、港に浮かぶ遺体に誰も手を出せなかった。しかし、次郎長は「人の世に処る賊となり敵となる悪む所唯其生前の事のみ若し其れ一たび死せば復た罪するに足らんや」と言い、港に流れついた遺体を集め、無縁墓地に埋めた。その志に感じた山岡鉄舟は、「壮士墓」と書をしたためた。

次郎長通りから港橋を渡り、河口に向かって数分歩くと「壮士の墓」がある。自転車で通ったら見過ごしてしまいそうな小さな墓である。
いつ出向いても、墓には花が活けられ掃き清められている。次郎長の志を受け継ぐ、地元の人たちの心遣いだろう。
壮士の墓から巴川はコンクリートの堤防で見ることができなくなったが、山々の姿は次郎長が眺めた時代と同じだ。
港橋に戻り、壮士の墓を振り返ってみた。西日を浴びた巴川が優しく流れていた。

【参考】「咸臨丸と壮士墓」(次郎長翁を知る会)