西久保308番地

ネガの入っていた封筒には昭和38年1月3日と書かれていた。場所は、その当時住んでいた西久保308番地である。
電柱の右側は畑だったが、今井科学の工場が建ち、その後バンダイとなった。ガンダムで名を馳せたバンダイの工場は売却され、今はマンションが建設中だ。
左側の大きな建物は日本アキュームレーター株式会社である。今も、当時と同じように地場企業の雄として世界を相手に仕事をしている。
中央の奥に、佐野ミシンの黒い煙突と建物が見える。いつ頃まであったのか忘れたが、ここにミシン工場があったことは覚えている。

道路は未舗装で雨が降ると水溜まりが出来た。ロバパンの記憶はないが、馬車が往来していた。台風の頃には、ドブから水が溢れ床下浸水を何度も経験した。風雨が雨戸を叩きつけるなか、ロウソクの灯りで、台風が通り抜けるのを待ったこともあった。怖かったが、不思議な高揚感もあった。「台風クラブ」の世界かもしれない。
工事中のマンションを左にして真っ直ぐな道路を行くと、秋葉山下の五差路につながる。白黒写真の方向に真っ直ぐ進むと、旧東海道に掛かる庵原川の橋に出る。この道はバイパスのような街道だったのかもしれない。

「西久保308番地」へ届いたコメント
西久保308番地は現在大雨が降ると下水があふれています
秋葉山前「みのや」旧国道1号線庵原橋西側まで続くこの道は
鎌倉時代から存在したようで北街道の東端が庵原川であったようです 江戸時代になり江尻宿が整備され旧国1号の前進となったようですここは、鎌倉と京を結ぶ道であったのです(文献によれば)
この頃梶原の影時・一葉松の伝説が始まったのだそうです
磯様へ
西久保の小長谷 | 2009年06月06日