淡島神社と芝栄(2)

写真の三冊は大瀧隆三氏によって平成3~4年にワープロで活字化された「復刻版・入江町誌」、右から上巻、中巻、下巻。原本は2冊作られ、郡役場と入江小学校に置かれた。郡役場の1冊は県立図書館に保管されているが、小学校に置かれた1冊は不明。市立清水中央図書館には昭和6年、市職員によって書き写された写本が保管されている。
長年にわたって郷土史の調査研究に携わっている西久保の大瀧隆三氏を訪ねた。「袖師ふるさとの路」の編集発行など、郷土の歴史や文化を語る上で大瀧氏の努力を忘れることはできない。いろいろな話の最後に、「この資料は、私が編集しました」と何冊かの資料を出して頂いた。
そのなかに「入江町誌」上巻、中巻、下巻があった。墨筆で書かれた書物をワープロ専用機で活字化し、たくさんの注釈を加えた力作だ。活字として印刷された文字のひとつひとつに、郷土の歴史を後世に伝えたいという編者の情熱を感じる。
「入江町誌」は明治45年に作成されている。古代からの歴史や史蹟、行政や学校、人口や産業、病院や地域団体など入江地区に関係するさまざまな資料が網羅されている。かつて中学校の副読本として使われた「わが郷土清水」(昭和37年・戸田書店刊)の原点ともいえる内容だ。
明治45年、安倍郡郡役所の訓令により各小学校に「町誌、村誌」の編纂が命じられている。この時代の小学校は村や町の文化センター的な存在であり、教員が地域の知識人を代表していたからだ。
郷土資料の編纂は安倍郡だけでなく、明治から大正にかけ、静岡県内各地で行われている。袖師小学校では大正2年に庵原郡郡役所から、「袖師村誌」を3ヶ月後に完成させよという訓令が届いている。
明治22年に全国規模で小さな村や町が統合された。「明治の大合併」である。江戸時代から引き継がれた集落を基礎として作られた村や町を再編成することで、行政が行う教育、徴税、土木、戸籍などの業務を効率よく行うための近代化政策だった。これにより、全国の町村数は約5分の1に減少したという。

「入江町誌」下巻に淡島神社の項目がある。原文のまま引用させて頂く。
淡島神社は静岡県管下駿河國安倍郡入江町字南出口七百三十七番にあり無格社にして祭神は少比古那命を祭る入江町岡の氏神なり この神社は虚空蔵菩薩祭りし処なり 当社の創立は詳かならすと雖元禄九年ならん 抑々当社の由緒にして口碑に残れるものは萬治寛文の頃庵原郡向島(前に当入江受けなる字向島の洲先なり)海上に漂う一物あり漁夫甚だ不審を感し御船手役所に駆け付け其由を陳述す同奉行中川勘三郎氏直に出張しその有様を見るに唯一の木像なり氏暫時頭を傾け居たり二三の漁夫直に海中にとびこみてその像を抱き来たりて中川氏に与へたり氏は是を鎮守として邸内に祭りで虚空蔵菩薩と云ふ然るに奉行中川氏引払の時請ひ受て一字を建立す明治維新の際神仏混交相成らすとの御主意に基づきて虚空蔵菩薩の佛名を廃し更に淡島の神号を奉り泰祭したるなりとこの時より本社を淡島神社と号す
元禄9年(1696)に巴川河口付近で見つかった仏像を引き上げ、御船手奉行が祭ったのが「虚空蔵尊社」の始まりとなる。明治の神仏分離で、航海の守り神である淡島神社の分社として名乗りを変えた。
町誌に記されている「御船手役所」は水軍(海軍)基地のあった幕府御船蔵のことで、「御船手奉行」は司令官である。海の警備を任務とする御船手奉行が、海に漂う仏像を入江に祭った。航海の安全を祈る人たちが訪れたのは当然の流れかもしれない。
明治元年(1868)の神仏分離令で、元禄時代からの虚空蔵尊が淡島神社となった。現在のように淡島神社と虚空蔵尊の両方が祭られるようになったのはいつのことだろうか。
明治維新まで、神社と寺院の境目はあいまいだった。神仏分離は問答無用で行われたが、入江の人々は淡島神社を名乗ることで、地域の信仰を守った。
西久保の氏神様である鹿島神社の石鳥居は、神仏分離で寺院となった秋葉山から寄進を受けたものである。清水のなかで神仏分離がどのように行われたのだろうか。興味はつきない。
焼津市大崩海岸の南端に標高126mの虚空蔵尊山がある。山麓に弘法大師が開いた弘徳院(曹洞宗)の御本尊が虚空蔵菩薩である。弘徳院にはビキニ水爆実験の犠牲者となった第五福龍丸の久保山愛吉さんの墓がある。

清水市指定天然記念物の淡島神社御神木の大楠は高さ30メートル、樹齢千年以上と言われている。
昭和の大合併、平成の大合併と同じように「明治の大合併」でも新しく誕生した町や村が一体感を持つようになるためには長い時間が必要だったと思う。江戸時代から続く村の意識は簡単には消えない。
訓令により「町誌、村誌」の編纂が急がれた明治末期は、日清、日露の戦争を経て、第一次世界大戦に向かう時代である。再編された町や村の一体感を定着させることは、そこに暮らす人々よりも、国の為政者にとって必要だったのかもしれない。