秋葉山古窯跡

自治会の回覧板で「秋葉山公園の一部開放について」という案内文が回ってきた。
平成14年から工事を始めている秋葉山公園は、部分的に開放しているが、今回の開放区域のなかに「西久保ちびっこ広場」と「登り窯広場」という名前がある。ちびっこ広場は、来年の夏に完成し50mの大型すべり台などの遊具が設置されるようだ。完成図から見たイメージとしては日本平運動公園の大型遊具に似ている。
「登り窯広場」についての説明がなかったので、どんなものか気になり公園に出かけてみた。出かけると言っても、自転車で数分の距離だ。

秋月堂の店の前を通り、三和酒造の工場の横を曲がる。西久保古道につながる坂道を上ると、目の前に見たことがない景色が現れ驚いた。今までは竹や雑木、近所の人たちの畑など住宅地と接する里山らしい景色だったのが、一転してきれいな公園になっている。
駐車場から「登り窯広場」の案内矢印を目安に階段を上ると、楕円形の小さな広場に出る。
袖師町誌には「秋葉山古窯跡を発見したのは清水東高郷土研究部の井出恵造が地上に散布している土器破片を発見し、昭和26年夏、測量、発掘を行い、その後29年に同校郷土研究部が3、4度表面採取を行い、地形、土器破片散布状況等からみてか窯跡であることを確認するにいたった。」と記されている。
公園の説明文には発見の経緯は書かれていないが、高校生が発見したことを知ると古窯跡を見る気持ちが違ってくるような気がした。

秋葉山東側斜面からは5基の窯跡(登り窯)が発見されています。また西側斜面の北よりでも1基(堤下1号窯)が確認されています。窯跡は全長15mから9m前後の規模で、6世紀後半から7世紀後半にかけての約100年間に渡って須恵器(土器)の坏、甕、高坏などを焼いていました。清水地区の古墳から出土する須恵器は、この秋葉山古窯跡での製品が供給されたものが多いとされています。(秋葉山公園の説明文から)

公園の説明板に、古窯跡の地図があった。規模の大きな窯だったことが判る。急斜面を利用した窯で、採取されている破片の焼き具合は良質だという。
秋葉山公園という名前から、火渡りで名高い秋葉山に続くと思いがちだが、公園は新幹線の開通で分断された東側の山に広がる。最初に開放された、清水工業高校側の丘からは西に広がる眺望が素晴らし。今回開放された区域からの眺望は北から東だ。尾根伝いに歩くと、海を背にしたパノラマが広がる。

遠くに第二東名の高架橋が見える。その左側に鶴舞の城、さらに左側に厚生病院が見える。

眼下に清水工業高校のグランドが見渡せる。右端には、清水インターにある次郎長のイラストが描かれたタンクが見える。
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「秋葉山古窯跡」へ届いたコメント
今度時間を作って秋葉山公園に行ってみたいと思います。
MARUMA | 2007年12月14日