運河

この運河の正式名は「愛染川」である。運河が袖師船溜まりにつながる場所に水門があるが、ここが愛染川の河口になる。
清水にある大工場は分社化や業界再編で会社の名前が変わっている。工場だけでなく銀行の名前も変わっているから、場所を説明する時に困る。「みずほ銀行の横」と言われるより、「宝くじの勧銀の横」と説明した方が通りがよい場合がある。カタカナ名前に変わっても、江尻船溜まりの北にあるタンクは東燃で、南の穀物サイロは豊年である。
東燃は湾岸道路に横付けしたような埋立地にタンクが並ぶ。その昔は、製油施設のシンボルともいえる蒸溜塔があったが、今は油槽所としての機能だけになったという。

アメリカのテロ対策により、国際貿易港は人が自由に入れなくなった。船溜まりは、国際貿易と縁がないので、誰でも自由に入ることができる。釣り人にとって最後の楽園のようなものかもしれない。
道路とタンクの間に運河がある。昭和一桁の人から、子どもの頃、この運河で泳いだという話を聞いたことがある。生活用水が流れ込まないから、泳いだとしても不思議はないと思っていた。
昭和初期の地図を見たら、運河の道路側は砂浜になっている。湾岸道路などができる遙か昔だ。元々砂浜だった場所の海側に埋立地が出現したのだ。運河で泳いだというより、子どもたちは新しい陸地を目の前に見ながら砂浜で遊んでいたのだろう。公害という言葉が生まれる前の時代だ、運河が今のように澄んでいたかどうか疑問が残る。
東燃を挟んで北側に袖師船溜まり、南側に江尻船溜まりがある。どちらも明治時代には海岸で海水浴場としても賑わった。清水の近代史は港の歴史でもある。

柿の木をよく見ると先端の葉が虫に食べられている。下の方は無傷なので、先端にうまみが凝縮しているのだろか。
畑の柿が膨らんできた。朝晩は涼しくなり、夏がけ布団では寒くなったが、日中の暑さはまだ衰えない。敬老の日が近いというのに、高齢者には辛い陽気が続いている。