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2008年12月19日 4 冬

青島みかん

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2009年JAしみずカレンダー「しみず歳字記」は、2008年に引き続き、書道家蓮花氏によるタイポグラフィで季節の農作物を描いている。本物の果実や野菜と書の組み合わせは、一年かけて描くという。JAしみずカレンダーは、清水の民話、大川晴広氏のスケッチ画と数年毎に企画が変わってきた。「歳字記」シリーズも、しばらく続くのかもしれない。

先週、興津でみかん切りの手伝いをした。東名高速を見下ろす斜急面の畑で、たわわに実っていたのは「青島みかん」である。

初心者なので「二度切り」を勧められた。農家の人は鋏で直接切って籠に入れるのだが、慣れないとみかんの皮に傷をつける恐れがある。みかんは、ほんの少しでも傷をつけると、そこから痛みが広がる。そこで、リンゴのように枝を少し残して切り、さらに残した枝を切る。

青島みかん

枝から切ったみかんを籠にいれ、黄色のコンテナにまとめる。ここまでは、なんとか素人でも出来る作業だが、重いコンテナを運んで山から下りる作業は、きつい仕事だ。平地なら、なんとか持てると思うが、足場が不安定な急斜面で、コンテナを運び出す作業は農家の人にお任せした。

陽当たりをよくするために、みかん畑は急斜面に作られる。畑の規模が大きければ機械を設置することも出来るが、狭い畑だと、それも難しい。たくさんの手間がかかって、美味しいみかんが店先に並ぶ。

興津小学校校歌

興津小学校の体育館に校歌のレリーフが飾ってある。「清見潟魚介豊かに 野山にはみかん色づく」と地元の名産を褒め称える歌詞のなかに「富士山」の文字がない。

そのことを、東京在住の清水出身者と、その家族が西新宿の「賑やかな酒場」で呑んだ時に話したら、「浜田小の校歌にも富士が出てこない」と、卒業生が教えてくれた。

昨夜、江尻の酒場「まちこ」で子ども会体育部の仲間たちと忘年会をした。その席に浜田小卒業生がいたので、聞いてみたら、首をかしげている。もしかしたら、校舎やグランドから富士山が見えない場所にあるのかもしれないと思ったが、「しっかり見える」という返事だった。

どうやら、世代の違いや、郷土に対する視点の違いが校歌に反映するのかもしれない。

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「青島みかん」へ届いたコメント

>二番に出てきます。
>「あしたに 富士を 仰ぎみて ・・・」

そうでしたか、失礼しました。
私の周りにいる浜田小OB・OGは、一番の歌詞しか
覚えていないのかもしれませんね。
卒業したのも昔ですから・・・

実は、私は1年の一学期だけ、浜田小に通いました。
島崎のおいべっさん脇の借家で、新世界が通学路でした。


えっ浜田小学校の校歌に富士が出てこないって。
冗談でしょ。
二番に出てきます。
「あしたに 富士を 仰ぎみて ・・・」

静岡市立の小・中学校は、どこの学校も同じ形式のHPがあり、校歌が掲載されていますね。

袖小の校歌と、運動会の歌は今でも気に入っています。
現在の袖中には校歌がありますが、私の在学中には、
「春秋・・」で始まる生徒会歌しかありませんでした。

いろんな校歌を調べるというのが、来年の課題になりそうです。

私が袖師ヶ浦を知ったのは生徒会歌を覚えてから
ずっと後の事でした。
時代の移り変わりと共に失ってしまったものも
数多くありますね。
校歌の歌詞は作られたその時代を後世に伝える大切な
役割を持っている気がします。
私の子ども達もかつて私が歌った袖師小学校校歌を
今元気よく歌っています。

タイムリーなことにちょうど昨日うちにも実家から青島みかんがダンボールで1箱届いたところです。
甘みと酸味のバランスが絶妙でとてもおいしいです。
>ご当地ソング
確かに歌詞だけでどの地方のどこかを特定できますね(笑)
綺麗な言葉をならべるより馴染んだ場所や景色を歌詞に
盛り込んでくれたほうがずっと良いですもんね。

袖師小学校の校歌にも富士山は出てきません。
学校からは山の陰になって富士が見えないからかも・・・。

興津小の校歌に「清見潟」があるように、袖中の生徒会歌には「袖師ヶ浦」が出てきます。校歌というのは、究極のご当地ソングかもしれません。

なつかしい興津小学校の校歌。卒業して何十年たった今でも歌えます。詞も良いですがメロディーも良いです。大好きです。詞の最後のフレーズが宝塚のモットーみたいです。(清く正しく美しく・・・)
興津からは富士山は見えないので歌詞にでてこないのでは。海に舟を漕ぎ出せば見えるかな。

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