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2009年01月08日 興津

興津寒桜

興津寒桜

興津商工会(現在は清水商工会)の建物の道路際に、興津寒桜の木がある。宗像神社の鳥居の正面だ。下から見上げたら蕾が膨らんでいたので、近づいてみると、開花直前になっていた。朝晩は冷え込むが、昼間の暖かさは、まさに陽春である。

宗像神社

「興津」という地名は、福岡の宗像大社の沖津宮を勧請したことに由来している。宗像神社は女性の神、そのことから宗像神社の森を「女体の森」と呼ぶようになったという。

「山の神」も女性である。相撲の土俵に女性が上がるのを拒んでいるのも、そこに女性の神がいるからという理由らしい。母なるものへの憧憬が根源にあるような気がするが、どうだろうか。

静岡県庵原郡誌には、大きな川には「水徳ノ御神」が祭られていると記されている。

興津川ノ西辺ニ、宗像社アリ、スベテ大河ノ辺ニハ水徳ノ神ヲ祭リ、封境鎮護トス、サレバ大井川ハ大井明神、安倍川ハ井ノ宮、富士河ニハ松岡水神イツレモ水徳ノ御神也

宗像神社は、海上交通の守り神として知られているが、興津川の鎮守という役割もあったのだろう。

興津小学校

興津小学校の給食の調理室横の校門から写真を撮っていたら。シチューのような、美味しい匂いがしてきた。懐かしい匂いだ。匂いに父と母があるとしたら、この匂いは紛れもなく母である。

清水の学校給食は、その学校で調理する自校式だが、静岡市の方針としてセンター方式に変えるらしい。その方がコストが掛からないという。学校から、美味しい匂いが消えるのは寂しい。

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「興津寒桜」へ届いたコメント

昨日たまたま調べ物をしていたところこのサイトを見させていただきました。
私も高校時代は三保にある高校に通っていまして懐かしく記事を読ませていただきました。
年を重ねる事に何気ない過去の思い出に心馳せる時間が長くなり
重いダブらせながら読ませていただきました。

関西に来て20数年清水の町の変わらぬ姿これからも楽しみに拝見させていただきたいと思います。

自校式の給食は、私が小学生だった30年前ならスケールメリットもあったのでしょうが(2400人もいたし)、少子化の進んだ昨今では色々難しいのだと思います。
子供の通う都内の区立小学校は、児童数300人余りの、私に言わせれば「小さな」学校ですが、給食は自校式です。当地でも学校給食のあり方が変わりつつあり、センター式を飛び越して、給食そのものを民間委託する動きが進んでいます。コスト削減には特効薬なのでしょうが、これだけ食の安全が取りざたされている中で、果たして今までのように目が行き届くのか、それを不安視する声も少なくありません。

自校式の学校給食は統一メニューで、材料の仕入れは学校毎に業者を選んでいるようです。聞いた話ですが、地元で取れた野菜で調理し、生産者が学校を訪れて現場の苦労を話してもらう。そんな授業をやっている学校もあるといいます。

食べることを通じて、人の繋がりや流通の仕組みなど、いろんなことを学べそうです。

 現在一番下の弟が小学生で、僕と中学生の弟と口をそろえて言っています。
「今のうちに学校給食を味わっておけ。」
中学はセンター給食でした。
四時間目の授業中、給食室から漂ってくる美味しそうな匂いは今でも忘れられません。給食のおばちゃんが一生懸命作ってくれた給食だから頑張って食べようと苦手なものでも我慢して食べた覚えがあります。大好きなメニューの時なんかは、食器や入れ物を返しに行くときに給食のおばちゃんに「美味しかったよ」と言えるのが多分向こうにとっても、それからこっちにとっても凄く嬉しいことです。
 食べること一つでも人との繋がりがあると実感するのに自校式であること分かりやすいのではないかと思います。

一昨年の5月から義父が三保にあるグループホームのお世話になっています。1階と2階に、それぞれ部屋があって、義父は2階。1階の調理室で作ったおかずを、病院と同じように専用台車で運びます。2階の台所では汁物とご飯を炊いているので食事の時間が近づくと、ご飯の炊ける匂い、味噌汁の匂いが廊下に広がります。

グループホームにもいろいろあって、給食弁当にしている所もあると聞きます。それぞれ事情があると思いますが、美味しい匂いを楽しめる施設を選んで良かったと思っています。年齢に関わらず美味しい匂いは、それだけで気持ちが暖かくなります。大切なことかもしれません。

 私も、入学当時は食べられないものが多かったのですが、高学年になる頃には、ほとんど食べられました。実家が小学校のすぐ近くなので、卒業してからも、「給食もう一回食べたい」と言ったら、母親が、「頼んで分けてもらったら?」などど冗談言ってました。
コストがかからないから、、、しかし大きな調理器具やすごい量の材料を目にしたり、調理中ただよってくるにおいや、「給食のおばさん」に直接接することで知ることや感じることも多いと思うので、単にコストの面だけでセンター方式にするというのはなんだか子どもたちがかわいそうです。

学校給食、なつかしいです。給食大好きでした。給食のおかげで好き嫌いがなくなりました(本当に)。でもうちの子供たちは給食がきらいだったと口をそろえていいます。中学を卒業した時まっさきに出た言葉は3人とも「給食と縁が切れてうれしい」。学校によって、メニュー、味付けが違うんでしょうけど。不幸な給食体験をしたのでしょうか。
4時間目の授業あたりは、給食室からただよってくるおいしそうなにおいで、おなかがぐーぐーなってました。お昼のことで頭がいっぱいになって授業どころではなかったです。

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