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2009年05月02日 わがまち

清水文化センター大ホール

清水市民会館大ホール

ホールが計画された時、演劇関係者からオーケストラボックスへの要望が出されたという。実現していたら、また違った運営をしていたかもしれない。

清水文化センター大ホールは客席数1507。昭和41年(1966)に完成して以来、清水で一番大きなホールだ。地下に建物や駐車場がない構造は耐震診断でも堅固という結果が出ているが、完成から43年という歳月は隠せない。

このステージにRCサクセションが立った。今から四半世紀前、バンドが全盛期の頃だ。

清水文化センター大ホール

ホールの音響については素人だが、ステージに立ってマイクテストをすると客席数500の中ホールと1500の大ホールの音響の違いを感じる。もちろん大ホールの方が素晴らしい。

RCサクセションは同世代ということもあって、デビューの頃から聞いていた。全部のレコードやCDを持っている訳ではないが、ほぼ全部の曲を聴いてきた。共鳴とでも言うのだろうか、同じ時代を過ごしてきたという安心感にも似た感覚がある。

清水での公演には友人達3人でホールに向った。チケットに書かれた席は前から3列目だった。大音響のなかでも肉声が聞こえ、ステージから投げられたピックを前列の人が取った。

ステージが終わり、友人達と興奮を抑えきれず走り始めた。そのまま新清水近くの仲間たちが集まる店まで走った。それから時は流れ、気がついたらホールは客として出かける場所から、ボランティアの裏方として参加する場所になっていた。

清水文化センター大ホール

客席の最前列は保安のため空席で、私たちのシートは4列目、客の並びとして3列目だった。

老朽化と、清商の建替工事のために大ホールは、いずれ壊されることになるらしい。建物は消えても、この場で生まれた何千何万の記憶は消えない。その記憶を大切に守ってゆきたい。

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「清水文化センター大ホール」へ届いたコメント

「裏口」は清商グランド側ですね。
そこから入ると楽屋通路に続いています。

イベントの時には、清商のテニスコート側の民間の駐車場
(その昔、養鶏場があった)に車を止めて、裏から入っていました。
でも、その駐車場も昨年12月にやめてしまいました。

会館が出来た昭和40年代には駐車場を気にする必要が
なかったと思いますが、今は不便です。

僕にとっての市民文化会館は高校時代の
(8時だよ!全員集合)でしょうか!
放課後、裏口付近で、ドリフターズのメンバーが誰か出てこないかと待っていました。

記憶ってのは自分の都合のいいようにアレンジして
定着するものかも。本文を少し直しました。

3日の朝、ニュースで訃報を知ったとき携帯に電話しようと、
ほんの一瞬だけ思ってやめました。その代わり、大ホールの
写真を探して記事にしたんです。毎年1月に、ホールでの
イベントに裏方として参加してますので、撮り溜めた写真が
たくさんあります。

これまで昔のことを思い出すことはなかったけど、今度は
違う気分で楽屋やステージを見るかもしれません。

あの時のチケットは大切さのあまり、しまい込んで行方不明になっています。
家のなかにあるのは違いないのだけど・・・・

3人のうち、残りの1人は、三保でこれを見ているかな?
10月23日に、集まって呑みましょうかね。
走るのは無理だけど・・・・

梅津さんのサックスも直に聞けました
公演は清水で一度ではありません
前の年にも 僕は客席の最後列手すりの後ろの立ち見にいました
忌野さんはイチゴ狩りに行ったことを話してました
ついでに、その前の年にも単独ではなかったですが日本平に来ています
仲井戸麗市さんが「日本平は久しぶりの来日だぜ」って言ってました

清水文化センターもなくなるのですね(感慨深い)。清水駅近くに移動するとききましたが、どうなんでしょうか。
成人式、フォークグループの雅夢のコンサート、中学校の吹奏楽のコンテスト(息子がトランペット吹きました)など多くの思い出がいっぱいです。寂しいかぎりです。

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