次郎長が見た富士

夜明け前の富士山(日の出マリンパークにて)。静岡県は2月23日を富士山の日と決めた。
毎月第3土曜日の午後、港町の「末廣」で田口英爾氏が講師を務める「次郎長巷談」が開かれている。今月のテーマは「末廣と鉄斎の富士」。次郎長が晩年を過ごした船宿「末廣」から見えた富士山について興味深い話を聞かせて頂いた。
「日本最後の文人と謳われる」画人の富岡鉄斎が次郎長の没後、船宿末廣に泊った時、末廣の2階から見る富士山の眺めに感嘆し、主人に唐紙を頼み富士の絵を墨で描いたという。その絵には、宝永山が右側に描かれていた。さまざまな場所から富士を描いてきた鉄斎にとって、末廣から見る富士の姿は特別な印象を与えたのだろう。

次郎長の船宿を復元した「末廣」では吊雛と雛人形が展示されている。
同じ静岡県でも沼津や御殿場から見る富士の姿に、いまひとつ馴染めないのは宝永山の位置が違うからだ。宝永山が富士の右端に見えるのが一番自然に思える。幼い頃から、見慣れた姿に愛着を感じるからだ。
あくまで個人的な思い込みだが、清水を離れた各地で見る富士はワイルドな印象がある。三保からの富士の眺めが銭湯のペンキ絵の題材として使われたのは、その姿に誰もが優雅さを感じるからだと、勝手に解釈している

梅の花に誘われてメジロが2羽、枝に留まっていた。ポケットからデジカメを出し、慌ててシャッターを押したが、その直前に飛び立ってしまった。(西久保にて)