無限ループ

日の出埠頭にあるマリンビル横から波止場を臨む。浮き桟橋の下に揺れているのは浪漫館と立体駐車場の影だ。
宮城県女川町を30年ほど前に訪ねたことがある。港の近くに昔の仲間の家があり一晩泊めてもらった。夕食に鯨をご馳走になった。すりおろした玉葱で食べた鯨の刺身は美味だった。最初で最後の刺身だと、食べながら思った。翌朝、港の周囲を案内してもらう。リアス式の入り組んだ海岸や、魚の匂いは両親が生まれ育った西伊豆の漁村と同じ空気を感じて、居心地がよかった。

日の出埠頭では東洋製罐の解体工事が始っていた。
あの日から、テレビは大津波の映像を繰り返し流していた。女川町の映像を見たとき、言葉が出なかった。「頭が真っ白になる」というのは、こんな状態なのかと、自分を観察しているもう一人の自分がいた。思考停止になったことが自覚できているという、不思議な感覚だった。安否確認をしたい、しなければと思う一方で、確認できない、確認したくないという怯えが同じ大きさで膨らみ、思考が堂々巡りしている。

西友入口から清水駅西口再開発の工事現場を臨む。大型クレーンが設置され、高層マンションの建設が本格化している。
コンピューターを制御するプログラミングは、ある場面がYesだったら、逆にNoだったらどう動くかを文法として設定する。欠かせないのがYesでもNoでもない場面の対処法、if then else だ。これが欠けると堂々巡りで先に進めない無限ループとなる。自力で抜け出すことができず、電源が落ちるまで同じ動作が無限に続く。パソコンの画面が止まってしまい、マウスを動かしても、キーを叩いても反応しなくなった時、電源ボタンの長押しで強制終了させるのと同じだ。

辻町の歩道に咲いていた花。
安否確認をしたくても出来なかった思考の無限ループを止めてくれたのは、群馬にいる友人だった。女川の仲間を気遣い、夜遅く電話をかけてきた。友人は、facebookに登録はしたけど使っていないという。電話を切ってから、検索してみると名前があった。事務所で笑っているプロフィール写真もあった。写真をみながら、つながっていることを感じることができた。

港橋バス停横「うさぎや」が道路に鉢植えの花を飾っていた。
友人からの電話の翌日、twitterやfacebook、パーソンファインダーで安否を調べてみると、家族全員が避難していて無事であることがすぐに判った。無限ループのなかでぼんやりしていた一週間が無駄な時間に思え情けなかった。
思考が停止してしまったことを自覚していても、そこから抜け出すことが出来なかった一週間だった。無限ループを止めてくれたのが友人からの電話だった。危機管理について、自分は対応できるという自信があった。だが、単なる思い込みだったことに気がついた。これを経験として蓄え、次に備えたい。
「無限ループ」へ届いたコメント
>ふるさとを守りたい
富士山は右側に宝永山の出っ張りがないと、しっくりきません。アイスクリームは乳脂肪たっぷりより、水っぽい方が清水の味だと思ってます。納豆は本場の水戸より、辻町で作っている「雪ん子納豆」を選んでしまいます。やるのか、やらないのかを聞かれたとき、少しいい加減に答えると、語尾に「ら」が付いています。
こんな具合に、ふるさとは、地理や戸籍だけでなく、いろんな約束事の総称のような気がしています。備えあれば憂いなし、千里の道も一歩から、一日一歩三日で三歩…。こんな言葉が、毎日頭のなかを駆け巡っています。
磯 | 2011年03月29日
木曜日から一晩泊りで、母の見舞いのために清水に帰省しました。波止場から日本平へと車を走らせながら、久しぶりの故郷を味わいました。崩れ気味の天気予報でしたが、温暖化で薄くなりかけていた富士山も、今年はたっぷりの雪化粧をしている姿を見ることができました。穏やかに光り輝く駿河湾を眺めながら、この海の底に、巨大な断層が息を潜めているとは信じられませんでした。この美しい故郷が、あの東北地方のような惨状に変わるかもしれないのです。ふるさとを守りたいと、痛切な想いが胸をよぎりました。大自然の営みに対して、人間は、もっともっと謙虚にならなければならないのだと、深く感じ入った2日間でした。人間を、日本人を信じて、明日からの日々を生きていきましょう。
加藤 | 2011年03月27日