セミの羽化

21:09 動きが止まってから30分後、背中が少し膨らみ始めた。羽化の開始だ。(ISO100 f1.9 0.30sec)
子どもたちが幼かった頃、セミ取りはよくやった。八坂町との境目近くにある桜の木、秋葉山の境内のすぐ横にある小さな公園と、家の近くでセミが集まる木を探して、虫かごが黒くなるほど捕まえてきた。セミは成虫を捕まえるのも楽しいが、幼虫を捕まえて、家で羽化の様子を見るのが一番だ。

21:26 幼虫が頭を下にして羽化を始めたので、成虫が真下に出てきた。頭が上ならイナバウアーのように出てくる。(ISO100 f1.9 0.30sec)
今朝はビン缶の回収日だった。アルミ缶やペットボトルを集積所に出した帰り道に、いつもとは違う道を通ってみた。家まで50メートルぐらいの空き地の大きな蜜柑の木を、なにげなく見たらセミの抜け殻がたくさんついている。久しぶりにセミの羽化を見たくなり、夕食が終わった7時半頃、懐中電灯を持って蜜柑の木にやってきた。

21:54 成虫の体が完全に出る直前に、前足を伸ばして殻をつかむ。抜け殻の中を見ると、白い筋のようなものが見える、脱皮の時に脱落しないための命綱のようなものかもしれない。(ISO100 f1.9 0.30sec)
懐中電灯のスイッチを入れると明るい輪の真ん中にセミの幼虫がいた。ゆっくりと木を登っている。それから2時間半、小ぶりのクマゼミの羽化を最初から最後まで観察した。何年ぶりだろうか。ずいぶん長い間、夏の定番を忘れていた。

22:01 かじかんでいた羽が伸びた。羽の緑が笹の葉と同じ色だ。(ISO100 f1.9 0.60sec)
今までなら、羽化が終わってから、セミが留まっている枝をそのままにして、朝玄関を飛び回る成虫を逃がしていた。今夜は、ピンの平面に張った羽が胴体を包みこむように丸く変化した所で、玄関の外に枝ごと出した。風が吹いても倒れないようにガスメーターの横に立てかけた。朝、新聞を取りに玄関を開ける頃には飛び立っていると思う。
クマゼミの幼虫が見られるのも、ここ2週間ぐらいだろうか。羽化の時だけに見せてくれる、平らにピンと張った生まれたての羽の美しさは、何度見ても感動する。

22:09 羽化の観察は、いつもここまで。これから先は羽の色が黒みを帯び、胴体に巻き付くようになる。(ISO100 f2.2 0.30sec)
夜が明けた。あちこちからセミの鳴き声が聞こえる。昨夜、我が家で羽化したクマゼミはまだ枝にしがみついている。静かに羽ばたく時を待っているようだ。成虫の旅立ちに一抹の寂しさを感じるようになったのは、歳のせいかもしれない。

06:25 この写真をとった30分後には、姿が見えなくなっていた。(ISO64 f1.9 1/73sec)
「セミの羽化」へ届いたコメント
我が家の隣の公園のセミたちはいつもよりおとなしい気がす
るのですが ~・・・
そういえば地震対策に神経質になった地域の人が自分の家側の木を3本ばかり市に依頼して半分ぐらいの高さに切り詰めたのだ。
セミのすみかもへったのだ ^^:
気持ちがわからないでもない、テレビで公園の木が倒れるのを見た。
緑の多い豊橋に住み蝉しぐれとゆう言葉を身体でしった。
セミのシャワーも減ってくると寂しいものです。
3月に膝の人工関節の手術をした母もシルバーカーで買い物にいけるようになりました。お弁当をとり家人に少しでも負担をかけないようにときをつかっています
お父さまのお話を有難うございました。勇気づけられました ♪♪
玉苑 | 2011年08月06日
あの夜の羽化の後、もっと大きな幼虫を探して
夜な夜なミカンの木を探しているのですが、
なかなか出会えません。あの夜は2匹もいたのに…
磯 | 2011年08月02日
なんとまぁ、美しいコト!
ステキな画像、どうもありがとうございます♪
no_iron | 2011年07月28日
「八日目の蝉」で思い出したのですが、その昔、永六輔氏が
「井の中の蛙」には続きがあるという話をしていました。
「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る」
創作なのか伝承なのか判りませんが、なるほどと思います。
三好春樹氏が「介護のコトバ」のなかで、施設で亡くなり
通夜に誰も来ない人に線香を絶やさぬようにしながら朝を迎
えた体験を書いていました。誰もこないことに義憤を感じた
が、それは誰も悲しませない「一番立派な死に方なのだ」と
思ったというのです。
「人生いろいろ」です。
磯 | 2011年07月27日
八日目まで生きた蝉は、他の蝉が見ることができなかった美しい風景を見ることができるのだと、かの女流作家は物語として紡いでいる。
もし、〈八日目〉まで生き延びることのできた人類がいたとしたら、どのような風景を目にするのであろうか。
「猿の惑星」のように、朽ち果て倒れんとする自由の女神を見ることのないように祈るのみである。
「経験」を「教訓」として生かした道が、核兵器の保有や、自分では制御不可能な設備の維持であっては、あまりにも情けないではありませんか。
猿山のおさるさん | 2011年07月26日