住宅や商店などが密集する市街地を歩いていて、その一角に田んぼや畑を見つけると、何だかうれしくなってくる。何か生き物は動いていないかと、のぞき込んでしまうのが常だ。春には生命の息づかいを聞き、夏には涼風を楽しむ。黄金の秋には郷愁を感じ、冬の枯れ田を見てはついもの思いにふける。
そんな市街地の農地が消えてしまうかも知れない、とあらば尋常ではない。来春、政令指定都市になる静岡市のことだ。政令市になると、市街化区域農地の固定資産税は宅地並み課税となり、課税率は平均で2.5倍、ケースによってはさらにはね上がる。
宅地並み課税は宅地供給を拡大し、地価の高騰を抑えるなどの狙いから制度化したものだが、政令市移行で税率が一気にか上がっては、地主には「苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)だ」との思いがあるのではないか。お上(政府)が税金を厳しく取り立てるという意味で、江戸時代は五分五反などとも言われた。
少子化の流れに歯止めが利かない。国勢調査を基にした推計によれば、静岡市の将来人口も2010年をピークに次第に減少する。なぜ宅地化を促進する必要があるのか、という思いもあろう。市街地農業は打撃を受け、田畑を手放す人が増えるだろう。市民農園の契約料が上がるかも知れない。
農地保全のため低い税率で済む生産緑地制度といううまい手はあるが、指定されると原則三十年は解除できない。他に転用できないなら、これも農家にとっては悩ましい話だろう。
市街地の農地は市民にとってオアシスだ。住環境に優れた生き物も暮らしやすい多面的機能はかけがえのないものだ。苛斂誅求は何としても避けたい。ほかにうまい手はないものか、と思う。
2004年3月3日付・静岡新聞朝刊1面コラム「大自在」より